福祉避難所

同じ法人内の施設について

 指定を受けているわけではないのですが、福祉避難所になっている施設もあって。朝晩は家をなくした職員や利用者と一緒にご家族も共同生活をして、日中は普段のように作業をしてという生活をしていたそうです。ご家族の方も、そこから職場に向かわれたりしていました。
 別の施設でも、被災した地域の方々もみなさん避難してきて、最大8月くらいまで一般の方もいるような状況だったそうです。福祉避難所扱いとして気仙沼市からへ支援もお願いして、応えてもらっていたそうです。
 「のぞみ」もそういう支援を受けた施設から支援物資を分けてもらって、避難所にいる利用者さんたちに持っていって分けていました。

施設の役割

施設が避難所になるケースもありますが、さくら学園はその選択ができないと思っているので、行った先の避難所で他の障害をお持ちの方なんかも受け止められる様な福祉避難所的な働きを担えたら良いのではと考えています。同じ業界の中の話で、地域で暮らしている障害児をお持ちのお母さん達が、家に居ると物資が来ないから、例えば給水所に並ぶと2時間待ち。多動性障害のためとても2時間はもたないと。子供を見てくれる人がいれば水をもらって帰れるのにとか、買い物に遠くまで行けるのに、というような声があって。もしかして我々がそういったことのお手伝いをさせてもらえたら本当はいいんだろうなとは思っています。福祉施設は公共の場、社会資源なので。
さくら学園のような施設だとそういったことを施設側も考えて、行政とのセッションが必要なのかと言うと「そこまでは…」と言う人もいるけれども、それでも、行政の方も目をつけてくれるといいのかなとも思ったりもしています。

夜は道の駅で

愛さんの自宅は津波で一階が被害に遭いました。

熊井さん:震災後、私と前所長が、愛ちゃんのお宅を家庭訪問しました。私は愛さんがご自宅の二階で寝られているか、心配で聞きました。そうしたら、やはり余震が怖いと言っていました。夜は上品(じょうぼん)の郷という道の駅に言って、自家用車のセダンの中で過ごされていたそうです。
それを聞いて、愛ちゃんたち家族が入れる、福祉避難所(障害者の方、家族が生活された)の部屋を貸してもらえないかと、(他の社会福祉法人)祥心会に交渉しました。そしたら、一つ空いていました。

その当時、車の中でお父さんたちとは、どんな話をしましたか?

愛さん:被災された人たちのこととかです。

熊井さん:お掃除してましたね。

愛さん:はい!

熊井さん:昼間はお家に帰ってきて、お掃除してました。

福祉避難所へ

今野さんは以前から就労移行支援で相談にのって貰っていたということですが、そういう支援者や保健師さんとお話して避難所に来たんですね

今野さん:はい。(現在、今野さんがいる施設と同じ法人の)「ひたかみ園」に。

柳橋さん:(震災後)今野さんは一般の避難所に身を寄せていましたが、すぐに兄弟で親戚の家にお世話になったそうです。けれど、(震災で)両親が亡くなられたので今後の事を考える必要があって、兄弟三人や親戚の人だったり、周りの支援者等で話し合いを行ったそうです。結果、うちの同じ法人内にある「ひたかみ園」という入所施設がちょうど避難所になったので、そこに入る事になりました。それから兄弟3人で、避難所での生活になったんだよね

今野さん:はい。「ひたかみ園」には兄と姉と3人で居たので、そこでお昼食べたりとかお風呂入ったりとか。

柳橋さん:そこから仮設に移って、今は3人で公営住宅に入ってるんだよね。

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